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カテゴリ:三面記事( 6 )


2005年 02月 09日

両方の選手の皆さん

両方の選手の皆さん、サポータの皆さん、ご苦労様でした。 そして有難う御座いました。 m(_ _)m
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by hmito | 2005-02-09 22:04 | 三面記事
2005年 02月 04日

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安城市のヨーカドーでの殺傷事件。

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by hmito | 2005-02-04 21:50 | 三面記事
2004年 11月 07日

ボランティア 忘れない事

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阪神淡路大震災発生一ヶ月後、仕事でしたが、およそ半日を掛けて神戸まで行った事がありました。。
当時新幹線は新大阪まで。
それより以西は私鉄、徒歩、バス、地下鉄を乗り継ぎ最終目的地の神戸市営地下鉄西神線学園都市駅迄やっとの思いで辿り着けました。

私鉄も板で仮こしらえのホームで、営業しているのもほんの少しの距離。
電車の中は人が沢山乗っているのにも関わらず、まるで時間が止まったかのように誰も何も話さず、シーンと静まり返ってただ外をじっと見つめているだけ。

そこに映し出される光景は、倒壊したままで人の気配の無い家であり、そのお隣の家屋は何とも無くて、地震など無かったかの様に布団や洗濯物を人が干してる普通の生活があり、更にその隣では、公園と思しき所の空き地一杯に寝泊り用のテントとトイレテントが余裕も無く乱立しており、少し行くと倒壊後あったであろう家は既に撤去され、土の色も生々しくまっさらの空き地が見えたり、それらがまるでジグゾーパズルのようにあっちこっち組み合わされていました。

倒壊して誰も居なくなった家と被災者でごった返してる公園と何でもなかった家に普通に暮らしている人達が、一緒の視野に入って来る強烈さは、何と表現していいか判らない程衝撃でした。

まさに天国と地獄が同居している・・・、そんな印象を持ちました。

電車が終わるとバスに乗る為に今度は徒歩で移動です。
皆流れに沿って歩いて行きます。

電柱や壁などにマスコミや野次馬を非難する書きなぐりがあちこちに目に付きだします。
そういった面々に対してかなり腹に据えかねている事が、その文面から伝わって来ます。

バスは満員です。
高速道路の支柱には支柱が折れない様に何かが巻き付けてあります。
そんな脇をバスは走り抜けます。
バスも長い距離は走っていませんで、すぐ下ろされます。

やっとの思いで、地下鉄に乗るのですが、途中被災の跡も未だ生々しいままの駅を通過しますが、薄ぼんやりと少ない光が照らし出す光景はまるでSF映画の破壊後のシーンそのままで、とても口に出して表現出来るものではありませんでした。

TVでは大きなビルが道路を跨いで倒れている映像や他も色々流していましたが、実際に自分の目の前にある現実はTVとは別物でした。

これらを自分の目で見て、マスコミは現実の1/10も伝えていないと強烈に思いました。
誰の目にも見て判る事ですらこうですから、マスコミの流す情報だけで色々な判断を下していたら判断を間違えるなという思いを強くしました。

そうならない為には、出来る出来ないは別としても、出来る限りは自分自身が自分自身の努力で情報を掻き集めて、それから判断をすべきだと強く思い始めたきっかけが、この阪神淡路大震災でした。

それから暫く後に茨城のウラン加工施設(株)ジェー・シー・オーで施設内の転換試験棟で人為的な臨界事故による放射能漏れが発生した。
実家がそこから近く、事件発生当時は外出禁止に近い状況に追い込まれ、老いた両親をどうやって助けに行くかと真剣に悩んだ。

この影響は放射能汚染に端を発する風評被害という人災にやがて展開して行く事になるのですが、何と阪神淡路大震災の被災者だった方々の一部がそんな茨城で困っている人達をその後救ってくれる事になるのです。

ここでは詳細は割愛させて頂きますが、当事者からその話を聞いた時、胸が熱くなりました。
やはり人は自分が大変な目に遭って、初めて相手の困っている事が判り、それを相手にお返ししたいと言う行為が自然に出来るものだなという思いを深くしました。

又、被災当事者は誰が真剣に心配してくれているかと言うのを一言二言の言葉のやり取りの中で見抜いてしまいます。
これは不思議ですが、人ってそうなります。

そして今夏の全国各地の甚大な台風被害。そして今も未だ揺れが続く新潟中越地震。
多くの方々が亡くなり、今も新潟以外も含めて避難生活を続けざるを得ない方々。
考えても、考えても、考えても考え切れません。

この悲惨な現実に対して自分に課してる課題は、これらの事を絶対に忘れてはならないという事です。

私個人はいづれもお見舞金を出しました。
これは自分が出来る範囲でのボランティアとしてです。
自分は息の長いボランティアを考えています。

皆川真優ちゃんが15日ぶりに現場から収容された画像がTVから流れました。
今晩中に家族の元へ戻れればと思います。

現場で大変な中、辛い作業をされた新潟県警機動隊の皆様、本当にご苦労様でした。


ちなみにこの写真は車の助手席から撮ったものです。
橋のデザインが面白く感じたので、撮ってみました。
文章の展開とは全く脈絡無いものです。
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by hmito | 2004-11-07 18:21 | 三面記事
2004年 10月 29日

人を救助すると言う事

 皆川様、まず初めに少ない情報の中でこういったデリケートな事を書く事をお許し下さい。

 真優ちゃんは残念でした・・・。
 今の時点で、未だ救出搬送されていないようですが・・・。

 東京新聞28日夕刊によれば、真優ちゃん救出作業は27日夕に一旦作業打ち切り方針を総務省消防庁が出していたが、現場の東京消防庁レスキュー隊員が作業続行を強く望み、同庁幹部は国土交通省の専門家の意見を仰ぎ、異変時は直ちに撤退を条件に作業続行を許可したとあります。

 レスキュー隊員自身も危険と紙一重の状況。 許可を出す幹部も当然ながら万が一、今以上の最悪の二次災害にも腹をくくった末の苦渋の判断だったと思う。 レスキュー隊員の命、そしてその家族。 どれ程の事を考えめぐらせ決断したのかと思うと、仕事とは言え頭が下がります。 

 周波数によって、がれきの下にいる生存者を捜し当てる人命探査装置「シリウス」や先端に付けられたカメラでがれきの下を映し出したり、空気を内部に送る事が出来る最新型のサイバースコープ等のハイテク機器。 空気中に生存者の「体臭」をかぎとると、吠えるよう訓練された警視庁の救助犬ジャーマンシェパードのレスター号。 そして何より人を救いたいという強い意志を持った東京消防庁ハイパーレスキュー隊や各県のレスキュー隊の面々とその関係責任幹部達。 それら全てのベクトルが合って初めて成し得た今回の奇跡劇であったと思います。

 優太ちゃんはこれからお母さんが死んだ事を聞かされる辛い時間が待ち受けている。ましてや姉さん迄も亡くしている。 一瞬の内にこんな過酷な環境に身を置かれるなんて、一体どう対応すればいいのか? 大の大人でさえ、災害や事件事故での家族の死を乗り越えるのは中々難しい。 二歳と言えば母親を一番必要とする年齢である。 この現実はあまりに辛過ぎる。 お父さんも辛過ぎる。 掛ける言葉が見当たらない。
 
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by hmito | 2004-10-29 00:01 | 三面記事
2004年 06月 13日

長崎大久保小学校事件

初めてこのニュースを見聞きした時、『いよいよここまで来たか!』というのが偽らざる印象だった。

記者である父親が会見で、自分の娘の事なのに淡々と話す事に違和感を感じた。
記者であるという使命感でその場に臨んだのであろうが、自分が同じ立場であったのなら絶対にやらない。
自分の意志でやったのであろうか?それとも?

時が経つにつれて、少しずつ判って来た部分があるが、担任教師が入院してしまったというのも心情的には理解するが、如何なものか。
これでは、子供は守れない。
守れないより以前にそのような発想さえ無いからこうなるのは当然か?

警察が来るまでの間、階段で加害者と手を繋ぎながら座っていたというのも、解らんでもないが、それは違うと思う。

現場へ急行したベテラン救急隊員もが、ショック状態に陥っているという。
凄惨な現場だったのが想像付く。

教育はその子が幸せになる為に行うものだ。
それ以上でも、以下でもない。

教育者には『子供の命は絶対自分が守る!』といった強い気概を持って取り組んでもらいたい。
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by hmito | 2004-06-13 23:54 | 三面記事
2004年 06月 05日

三菱のトラックやバス、そして車

Test

バイクで首都高や高速道路を走っている際に突然、隣のトラックのタイヤが外れて来たら、果たして避け切れるかどうかは、全く持ってその時の運だろな。

首都高は、そんなもんが迫って来ても、避けるような場所なんか無いから、事は重大だ。

今はたまたま、運良くそういうケースになっていないだけ。

三菱ばかりでなく日野トラックのタイヤも外れたと、先日の夕刊にも載っていた。
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by hmito | 2004-06-05 06:58 | 三面記事